何もしなくても被害者になる現実。それをどう切り抜けていけばよいか

みなさんどんなGWを過ごされましたか?

せっかくの連休だからって、少し足を運んでみると
みんな同じように観光地へ向かうので
渋滞はしているし、かえってゆっくりとできなかったり。
またニュースでは交通事故なども取りざたされていて
死亡事故が相次いでいるようです。

先日の車による追突事故・・
バイクの方がなくなっていますが
被害にあわれた遺族の方は悔やまれないでしょう。

その他の事故にいたっても
なんとも言えない気持ちでおります。

真裕ライフクリエイトの小松です。

こういったニュースを見ると
自分がなにも原因をつくっていなくても
被害にあう、ということがありえるといえます。

その加害者の割合は非常に少ないものかもしれませんが
時として、これは偶然なのか?
または今までの人生のおこないの罰なのかっていうのを
僕たち人間は考える事もあります。

さてこういった宗教的な考えは別として
そうなるリスクが、僕たちにもあるんだなってこと
それは熟知しておいたほうがよさそうですね。

こんな心配ばかり考えていると
どこにもいけないってなっちゃいますが
仮に加害者側を考えてみると
精神面の分析も含めて、免許取得時のハードルを上げるとか
法整備をする必要があるのかもしれませんね。

それと同じくして
高齢者の免許更新の内容など話題になっていますが
高齢者のドライバーが増加していくなか
国ではなく、個人の意識も重要になってくるのかなって感じです。

ちょっと目を違う視点に移すと
なかなか、自身を律してくれる誰かっていうのが少なく
多少荒っぽい行動でも、それがまかり通る世の中でもあり
一概に責任の所在がどこかとはいえませんけれどね・・・。

人は共存している限り
誰かに認めて貰いたい生き物であり
それが仕事かも知れないし
それが暴力かもしれない。

仕事で認めて貰うことができない
誰にも相手にされないとなると
他の何かで自己の存在を認めて貰いたくなる。

それが行き過ぎれば
警察沙汰になることがまわりから認められる手段になるのかもしれない。

現代ってひょっとして
自分本位っていう人が多いのかもしれない。
だから他者へは介入せず、私は私であり、あなたはあなた。
だから他人へはなるべく口を出さず
自分は自分の人生を歩むみたいな事もあるんでしょう。

他人の価値観への介入はやめておいたほうがいいと思いますけれど
人を、人として認めてあげる事って
まず優先順位をつけるのであれば
人と接するのであれば、それは上位にしたほうがいいでしょう。

自分がこういう行動をすることによって
周りの人間が加害者として生きる確率って
かなり低下していくように感じるんです。

認めてあげれば
当然ながら、あなたと同じ輪でいたいし
疎外されたくないと思うはずですから。

もし身近に
人と違う行動をしそうな人がいるとき
客観的な意見を聞こうとしない人がいるときは
まず認めてあげて
そういう行動をしなくても、あなたの存在は偉大だということを
知らせてあげるようなプロセスが良いのではないでしょうか?